→東京に現れたバンクシーのネズミは本物か? 独自に検証してみた結果、すごいことが判明!
フランス、パリで2018年6月20日〜24日の期間、メンズ・ファッション・ウィークが開催され多くの視線がパリに注がれているその頃、エッフェル塔付近、ポンピドゥー・センター(大型美術館)ほか、各所にBanksy (バンクシー) のグラフィティアートが出現していました。
今から紹介する作品は、バンクシー公認の唯一のメディアと言ってもよいBanksyの公式インスタグラムに登場したことで、Banksy(バンクシー)の作品である事が確認されています。
それでは、今回パリに登場したバンクシーの作品をご覧下さい。
↑ ステンシルをカットするカッターを抱え、マスクをしたネズミ。
ステンシルアートが世界中に拡がったのは、ステンシルアートの父と呼ばれるフランス人アーティスト Blek Le Rat(ブレック・ル・ラット)が80年代、パリの街にステンシルでネズミの絵を描きまくったのが始まりです。
ポンピドゥー・センター (左側) とBanksyのネズミ
エッフェル塔を眺めるネズミのカップル
紳士と犬。一見すると微笑ましいのだが実は、、、
犬を家族に迎えた経験がある人なら、わかるはず。(たいていの)犬は、疑うことを知りません。
自ら問題の種を撒いておき、救世主のふりをして手を差し伸べる紳士の姿は、西欧諸国が中東含む各国々にしていることと重なります。
ジャック=ルイ・ダヴィッドの名画「ベルナール峠からアルプスを越えるボナパルト」をパロった、ベールで顔を覆い隠したナポレオン
フランスの指導者は問題を見ようとしていない、とでも言いたげな、ジャック=ルイ・ダヴィッドの名画「ベルナール峠からアルプスを越えるボナパルト」のパロディ。
かぎ十字の上からピンクのダマスク柄をスプレーで吹く少女
このグラフィティ(Graffiti)は、スペイン人で自身も幼少の頃、フランスに移住した経験を持つ現パリ市長「アンネ・イダルゴ」の意志に反して、閉鎖したパリ北部にあった難民シェルターの近くで描かれた作品。
バタクランの防火扉に佇む.....
この黒い防火扉は、2015年にISISのテロ攻撃により、ライブ中に90人が殺害された、パリにあるコンサートホール「Bataclan Concert Hall」の非常口です。
テロが起こったその日、何百人もの人々がこの非常口から逃げ出したと言われています。
1968
1968。1968年5月10日 フランス、パリでは五月革命が勃発。フランスのパリで行われたゼネスト(ゼネラル・ストライキ)を主体とする民衆の反体制運動と、それに伴う政府の政策転換について言及しているのだろうか...。
ポンっ!ワインのコルクに乗って遊ぶネズミ
このグラフィティアートは既に何者かによって、壁ごと切り取られています。おそらく、どこかの現代アートギャラリーが買い取るのでしょう。
こんなレストランで食事をしてみたかったですね。
Banksy (バンクシー) の祖先は中東系移民?
今回パリに残した作品もそうですが、2015年に開催されたディズマランド(Dismaland)でもシリア難民の窮状を描いた作品を発表したり、2017年にはパレスチナ・ベツレヘムの分離壁の前に「Walled Off Hotel」をオープンさせたりと、祖国を追われるパレスチナ人(イスラム教徒)に寄り添った作品や活動が多く見られます。
ディズマランド内の屋台ではファラフェル(中東のひよこ豆を使ったコロッケと野菜をクレープで巻いたもの)を販売していましたし、最近のBanksyの作品には難民、移民、イスラム教徒を強く擁護するものが多く見られます。
Banksy (バンクシー) 自身も中東の国からイギリスに移り住んだ移民家庭で生まれ育ったのかなぁ..... と勝手に想像してしまいます。